山の仲間の紅葉山行。今年は東蒲原の鹿瀬町、豊実の奥の荒沢でテント宴会、翌日万治峠でも登って…ということである。
幹事のS氏が草刈りをし設営してくれたテントと水場に感謝しつつもその日の夜は楽しく更けていった。
さて、夜が明け参加者は出発である。登山口付近の道刈りもS氏と息子さんがやっておいてくれたとのこと。これにも感謝しつつ登り始める。
道はすっかり秋のたたずまい。気持ちのいい登り。途中ツキヨタケを発見。
ヒラタケに似た姿でいかにも「美味しいよ。食べてよ」と言っているよう。(毒ですので食べてはいけません)
ぐっと登るとそこが万治峠。飯豊がその山容を現す。飯豊も晩秋の姿だ。
かつての人々の往来に思いをはせる。この峠は会津藩により万治元年(1658年)に開かれ会津から実川(さねがわ)流域に米を運ぶ陸路の要所として栄えていたそうだ。
ここから山道を高井峠に向かいずんずんと行く。いい道ばかりではないしアップダウンもそれなりにある。
滑らぬように遅れぬようになんとかついていく。
採りモノのプロはあちこちにおり収穫物を探しながら登っているが、自分にはとてもとても無理だ。
小休止したときK氏が偶然ふと見つけたもの------------------それは、天然マイタケだった!1kgは軽くありそうな一塊のマイタケ。
k氏でなくてもみな名前の通り(心で)舞い踊っただろう。
ビギナーズラックというべきか日ごろの行いのよさか・・・とにかくすごいものを見つけたものである。
あまり通る人もいない道、ただでさえ苦手な藪道をまだかまだかと思いながら高度を上げていく。
そして着いたところが高井峠。木々に覆われ展望もあまりきかない。
残雪の頃ならば開けて展望もよくなるんだろうな。
しばし休んで下山。来た道を下るが、万治峠には戻らず途中から沢筋を下る。杉林の一角で軽くコビル(小昼:軽いお昼ご飯の意)を取る。
(まさかここにえらい忘れ物をしていたとはその時は思ってもみなかったが)
スギゴケがたくさん生えている。それを採りお土産にする人も。(この時はまだスギゴケがあんな風に言われるとは思ってもいない)
テン場に戻って、あのすごいマイタケでマイタケ汁をHさんやSさんなどの「はつめ」な方々がちゃっちゃと作ってくれる。
やはり天然モノ。栽培モノと違って香りがまったく違う。こんなの食べられるなんてきっと一生に一度だろう。
ありがたやありがたや。
幹事のS氏、そして皆々様、今回も色々お世話になりっぱなしでありがとうございました。
後日談)その日は新潟に泊まり、翌日多宝山に登りに行ったのだが、ここで相方のハンディカムがないことに気がつく。
車の中も捜しまくり家にも電話すれども忘れ物などないという返事。
これはもしかして・・・と岩室村から鹿瀬まで逆戻りし翌朝高井峠へと先日の逆コースに登り、あの杉林の休憩した場所でビデオを発見するというおまけがついたのだった。
相方、しっかりしてくれよ〜〜〜(-_-;)
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